あなたは大学3年生で就職絶対したくないマンのことをどう思いますか?

初めまして、私は現在大学生をしながらネットビジネスをやっているkyapiyといいます。kyapiyと書いてキャピーと読みます。
この記事では私のこれまでの活動とこれからしようとしていることを紹介しようと思います。

私は現在とある私立大学生です。現在ネット上でお金を稼ぐことを本業にしようと色々な方法、ネットビジネスを模索しています。
ただ、私は他のネット上でお金を稼いでいる人たちと比較しても、悲惨な家庭事情でも究極な貧困下だったというわけでもないです。日常に何か不自由していたわけでもなく、家庭にも恵まれていた。
そんな私がなぜわざわざ一般に「安定していない」と言われるようなネットビジネスを本気でやろうと思ったのかを書こうと思います。

最高から最悪への急降下

現代日本では、教育が終了した人から順に社会人としてどこかの会社に就職し、定年までの40数年間を汗水たらしながら勤め上げるのが美徳とされています。
私もかつてはそう思っていましたし、それが正しいことなのだと信じていました。

中学校では「必死に勉強し、いい高校・いい大学に入学し、将来は大企業に勤めるのが成功者のルートだ!」という言葉を純粋に、何も疑問を持つことなく、信じて時間の大半を勉強につぎ込んでいました。
その結果高校受験ではうまくいき、ギリギリのところで工業高等専門学校といういわゆる全国工業高校のトップに君臨するような高校に入ることができました。

この記事を読んでくださっている方の中にはもしかしたら知っている方もいるかもしれませんが、高専は5年制の学校で高専に通っている人間は大学生と同じように「学生」と呼ばれています。

その頃の私は他の人と同じく少しでも未来の自分の暮らしをより強固で良くするために有名企業を目指していました。
自分で事業を起こし、すべての責任を取ってビジネスをするような人は遥か彼方の存在でした。

5年間も環境が変わらず、誰とも競争もしないぬくぬくと囲われた生活を家畜のように緩みきった顔をして毎日をただ来るべき就活に向けて過ごしていました。
また、その当時1年生の時に出会ったある女の人と恋に落ちて付き合うことになりました。彼女とも上手くいき、私は絵に描いたような良い暮らしをしていました。

ですがそんな環境で人間が堕落しないわけがなく、私の成績は見るも無残なものとなりついには4年生の前半では完全に成績も思考力も地に落ち、最強アイテムである過去問から少しでも内容がずれれば全く点が取れなくなっていました。
2bの範囲、ベクトルの単元の定期テストで素点で6点とか取ってました。笑

その頃になってやっと私は現状のヤバさに気づき始めました。
しかし、もう完全に後の祭り状態となっていた私の学力に愛想をつかしたのか私の怠惰な性格に愛想をつかしたのか、それまで上手くいっていて周りからもお似合いだと言われていた彼女に2度浮気をされてしまいました。
ほぼ4年間付き合っていたので、完全に信頼していました。なので1度目は許したのですが、やはり浮気には中毒性があるみたいですね。残念ながらダメだったようです。

ここは話しだすととても長くなるし、かなり恨みの積もった話にもなりますので省略します。

プロの自宅警備員へ転生・・・

そんなこんなで彼女ともなし崩し的にお別れした後の私はまさに魂の抜け殻的な状態となっていました。
1年前からでは誰も予想もしなかったでしょう。

その頃から私の精神は病み始め、学校にも行けなくなりました。
毎晩朝が来るまでFPSゲームをして5時頃親が起きてくる寸前に就寝し、昼過ぎに母親が帰ってくる頃に起きてきてまた翌日の朝までFPSゲームやポケモン、当時まだ500円だったマインクラフトというPCゲームを購入し精を出していました。昼すぎに起きてくるのでご飯も夜しか必要ありませんでした。
1日24時間あるうちの6時間から8時間ほどを睡眠に費やし、1時間ほどをご飯と風呂に使い、残りは全てゲームかアニメ、プログラミングに充てていました。なんでそんなにゲームができたのか今ではわかりませんが、当時の私はα版(ゲームとしてまだ一般公開前のような状態)のマインクラフトを1日ぶっ通しでプレイした結果、吐きましたwww
まあ、1日中2D画面で3Dゲームをやっているのでやりすぎるとそうなるのは当然の結果ですね。

また、私は感傷に浸るのも得意だったようで、気が向いてはアニメ版のエヴァンゲリオンを1話から最終話までぶっ通しで何度も観て自分から率先して鬱の世界に入り込んでいました。正真正銘完全な廃人の出来上がりです。

その頃私が常に考えていたのは、「自分は何のために生きているのだろうか」、「これから何をしようかな」です。
考えることに疲れたらゲームをする、ゲームに飽きたらアニメを見、また些細なきっかけから考える。
そんな状況では学校に行けるわけもなく、最終的には親を説き伏せて9月末付けという異例の時期に私は高専を退学しました。

そんな暮らしが約1年ほども続きました。

現実を直視し続けた数ヶ月間

親もさすがにこれはまずいと思ったのでしょう。私を精神科の病院に引きずって行き、カウンセリングを受けさせてくれました。
また、現状を把握させるために大学受験で有名な河合模試なども無理やり受けさせてくれました。(笑)
結果は見るまでもなく底辺中の底辺。数学も1a2bなどあるうちのa,bしか受けなかったにも関わらず偏差値36という驚異の数字を叩き出しました(´・ω・)
当時の私の模試の問題用紙を見直してみると至る所に「これはきっと〇〇の公式」とか書いてました。^^;

振られた自分を認めることができたのは大楽入試センター試験の直前期、12月とかそこら辺だったと思います。
この頃になってやっとだんだんと今の自分と昔の自分を客観的に比較することができるようになりはじめ、「おお、これはまずいかもしれないぞ」と感じるようになってきました。

まだセンター時はどこも真面目に受けるつもりはなかったのですが、親がいい大学に行けとうるさいのと、大学に行かなければ就職させられると思っていたことや、見栄などから関西圏の有名な私立は片っ端から受けました。その頃は、どっかにかかれば良いなとか甘い考えを持っていましたが、そんなことがまかり通る訳もなくw見事に記念受験となりました。

復活の兆し。強烈な個性のある友人との出会い

センター試験後、少しずつ心も落ち着いてきた私は少しずつ一般人としてマトモな思考に戻りつつありました。
新年度になり私は改めて大学受験をするため予備校に通うことになり、再び大学を受けるために勉強に明け暮れる日々となりました。
その時に、H君という関西の一線級の高校を中退した人と友達になりました。彼も高校を辞めた後、河合塾に通っていたらしいのですが、結局私立大学では満足できなかったらしく私と同じく2浪を決意して予備校に通うことになったらしいです。
彼の個性はとても尖っているんですよね。自分が2浪であることなんか全く気にしていないというか、2浪という事実が苦痛でふてくされていた当時の私とは正反対の考えを持っていました。

また勉強面では彼はさらに個性的で、完全な理系人間でした。数学・物理・化学はお手の物。その中でも数学はピカイチで、得意な単元は一流大学で出されるような3癖くらいあるような問題でもさらっと解いてしまいます。ただ、3次元ベクトルは苦手だったようでよく、「あいつらすぐ飛び出してくるからな〜。紙の中で収まっとけよ〜」とぼやいていました。私も数学は好きなのですが、じっくり時間をかけて解くような問題の方が得意だったこともあり、詰まるとどんどん厳しくなるセンター模試ではかなり苦戦させられていました。

その一方、H君は英語が大の苦手でした。それも一筋縄以上の苦手度合いで、長文などのリーディングではなんとかしてどこか読めそうな一文をひねり出し、それを元にストーリー全体を全て予想するという不思議な特殊能力を持っていました。笑
それにプラスして暗記系が特に苦手だったので、単語は本当に天敵だったようです。ある日彼の単語勉強法を聞いてみたら驚くべき答えが返ってきました。

「見開き1ページ(10単語程度)見るやろ?それを1時間くらいかけて綴りと意味覚えるやろ?次の一ページ行くやん?戻ってきたらもう前のページ全部忘れてるから(笑)」
私も英語は苦手に入るのですが、さすがにこれはねーわwと思わず笑ってしまいました。おそらく彼に聞いて意味が出てくる英単語は100とか200とかそれくらいです。

私は高校に入るまで私は挫折という挫折はおそらく一つもしていなかったので、今ではなんとも思わないようになっていますが、年下と同じ場所で去年もやったことをもう一度学びなおすことが本当に辛かったです。
ですが、H君はそんな私の考えなどつゆ知らず2つ下の子たちととても楽しげに模試の話や高校での話をしていました。彼の明るさは昔の高専で上手くいっていた時の私の明るさとかなり近かったのです。

そんな彼を私はだんだん羨ましく思うようになっていました。
ある5月の模試の時に私は彼に話しかけてみました。予想通り明るく迎えられ、私は難なく彼と友達になることができました。
昔のコミュニケーション力に本当に感謝しないといけませんね。

私が今こうしてマトモに生活ができているのは彼の存在がかなり大きいと思います。
因みにH君はなぜか2次試験を突破して関西圏の中堅国公立大に入学しています。英作文とかどうやって乗り切ったんだろうか・・・
私はというと、結局本番しょっぱなの英語での傾向変化に全てのペースを崩され驚異の英語64点を叩き出したので私立に行くしかなくなりました。笑
終盤では160点台を頻発して苦手を立派に克服したと思っていたのですが、やはり傾向変化には徹底的に弱かったようです。

大学入学後、雇われて働くことに嫌気がさした

いろいろとありましたが、無事大学に戻ってくることができた私は当然これまでより暇になります。
入学した学科が情報学科ということもあり、この先行者利益を大いに利用してスキルを大いに活用しようと思っていました。
その前に数件アルバイトをするのですが、全てあまり長くは続きませんでした。

一つ目は中学生の時にお世話になった塾に恩返しの意味で半年間講師として働きました。これはまあ当たりの部類だったかなと思います。教えてもらっていた人たちと同じ立場で働けることは光栄でもあり、プレッシャーでもありとても良い環境でした。
講師業はかなり時間を使います。この塾の方針は「できる子はできる子で集めてさらに進ませる」というのを徹底していました。特に賢い子たちに二つくらい進んだことを教えるのは本当にきつかったですが楽しかったです。

例えば、小学生にマイナスの概念を教えたり、中学生に複雑な図形の面積の求め方を教えるとき、大学生の人から見たときに使えない公式が大量に存在しているんですね。それを避けながら教えないといけなかったのでとても大変でした。
ただ、「昔お世話になった塾・塾長・良くしてくれた講師の方々を少しでも手伝いたい。」その一心で仕事をしていたので全く苦にはなりませんでした。
講師業はコマ制のマジックが存在していて給与の割にブラックなところが多いなか、ここは時給がとても良く恩返しもできて更に払いも良い。時間はなくなってもとても良い環境でした。
このままずっとここで働いても良いと思っていたのですが昔からいる苦手な講師の方と関係をこじらせてしまい、居づらくなってしまったので出勤が億劫になってしまいました。このまま続けていたらまたダークサイドに堕ちると感じたのでここには別れを告げることにしました。

2つ目は100均のアルバイトでした。これはやってみたは良いものの時給もあまり良くなく、塾講師のようにやりがいも感じることができませんでした。ただ一つ学んだのは店長が店で一番偉く、更にエリアリーダーが存在していて、エリアリーダーは店長よりもさらに偉い。という当然だけどしっかりと認識できる形で見えたのはここが初めてでした。

私はアルバイトという立場だったのですが、改善案をかなり口に出していたので店長にははじめは気に入られていました。
ですが、やはり100均のアルバイトは入れ替わりも激しくすぐに人数不足になります。そこで店長は新規にバイトを採用しようと面接を大量に増やしていました。さながら残弾を補充するかのようにただひたすら数をこなしていました。

そんな面接が増え、日に日に疲れていく店長を見た時私は
「ああ、俺も例外じゃなくこの店の弾丸の一つなんだな。店長も会社からノルマが課されているのだろう。売り上げは落とせないから人手を減らすわけにもいかず疲れていても働くしかないんだ。」と思いました。
その頃から店長の機嫌は目に見えて悪くなっていき精力的にフロアに出ていても、いつもバックヤードではイライラしていました。

ここもダメだな。そう思った私は2つ目のアルバイトを辞めました。

3つ目は某アイドルゲーを生み出した会社が運営するゲームセンターでした。うっうー!のやつです。
ここは楽しかったです。カードゲームイベントの運営したり、店内放送をしたり、お客に景品の取り方を教えたり、タダでクレーンゲームが何回でもできたのはゲーム好きの私にとってはまさに天国でした。
オタクっぽい人を接客するときにオススメのアニメ聞いたりとかできて毎日が本当楽しかったです。
ただここも長続きはしませんでした。期間にして4〜5ヶ月くらいだったと思います。

理由は職場に不満があったから、ではなく
「あれ?俺高専でプログラミングやってた先行者利益全く生かせてないじゃん!」と思ったからです。今更?とか言わないで。
アルバイトしていた裏では一応、twitter上で知り合った方からの依頼でiPhone・Androidのあるゲームに特化したニュースアプリを受注して機能の追加や改修をしていました。
ここで私は初めてサーバの知識や各種スマホアプリの作り方を学びました。

この辺りで私はネットの特性を生かして何かできないかを考え始めます。
同時期にアフィリエイトで1億稼いで自由になった元皿洗いのブログというものに出会い、ネット上で独力でお金を稼ぐことが可能だと知りました。
ここから私の生活は一気に別分野へと進んでいきます。

趣味グラマからプログラマへジョブチェンジ

4つ目のアルバイトはまとめサイトの運営会社でサイト作成をすることでした。やはり専門知識・技能なだけあって時給は最上級ですね。相場が1500円〜と大体のアルバイトの通常の時給の2倍でした。私は面接した時にHTML/CSSというホームページを作るためのプログラミング言語をよく知らなかったということもあり、メディア運営がどのようなものなのか内偵する意味も兼ねて、時給を自分から1000円に下げて応募したのですが今思えば完全に間違っていました。

最初は1000円でも高いと感じるのですが、1ヶ月経った頃からやはり不満が出てきます。
これまでの私のアルバイトでの行動・思考を全て読んでくださった方は分かると思いますが、私は一つ決定的な不満が出ると、途端にやる気が急速に落ちていきます。

それでもなんとかやる気を継続しようと、今回はITベンチャーだったこともあり社長に直々に在宅勤務を要求しました。
プログラミングは仕事をするのに場所を選ばないですからね。通勤に1時間かかることもあり、会社側に交通費を支給してもらっていたので双方に利益しかなかったのですが、進捗把握の点から拒否されてしまいました。
これが決定打になりました。

世間でいう、いわゆる「副業」を本気でやってみたくなった

この頃私は世間では副業と言われている「せどり」を真剣にやってみたくなりました。

せどり風神なるツールを無料で手にいれ、意気揚々とブックオフに本を買いに行ったりしていました。
結局、キャッシュフローと回転率、在庫量の関係から今は仕入れをやめてしまったのですが、ぼちぼちと在庫がはけ続け仕入れしなくても1万ずつくらいは勝手に入ってきています。
本だけじゃやっぱりマネーパワーもマンパワーも足りないので大学生にはきついですが、ゲームなんかの中単価商品と組み合わせることで上手いことやってました。

「せどり」というものに出会って実際に自分でも実践してみた結果、「なんだ。自分の力でもお金稼ぐことできんじゃん。」ということに気づきました。
最近はプログラミングやってた方がもっといいじゃん!となりましたが当時の私はまだ気づきません。笑
ただ、「せどり」を通して物流の縮図を学べましたし大概のものは市場価格よりも安く買えるようになりました。
電子機器などであればよく探せば新古品を回してる卸業者なんかもいたりして見ていてとても楽しかったです。
電子機器(iPodとかCPUとかのバルク品もありました)の仕入れも相場の半値くらいから見つけることができますので仕入先のサイト知りたい人は聞いてくれたら教えます。

こういった経緯でキャピーの就職に対する価値観は完全に崩れ去りましたし、少なくとも最終手段にまで優先度が下がりました。

あなたはお金を稼ぐ手法は大別して2種類あることをご存知でしょうか?
それは汗水流してひたすら自分の時間を切り売りしてお金に変える勤労所得と、お金を生み出してくれる資産を構築しそれをひたすら増やし続ける不労所得です。
あなたはどちらがお金を増やしやすいと思いますか?

前者はお金を増やそうと思ったら、ひたすら自分の時間当たりの価値を高めることを目的とします。方法は資格を取ったり特殊技能を身につけたりすることでしょうか。ですが、24時間という絶対の真理が邪魔をするので自ずと上限があります。
後者はひたすら資産をコピーすることを目的とします。最初は勤労所得には遠く及ばないのですが資産ができてしまえば、資産を増やせば増やすほどお金が増えるスピードは加速していきます。さらにコピーするのにはパソコン・インターネットが普及した現代では労力はあまり必要でなくなりました。

ところであなたは資産、と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?資産とはそれ自体がお金を生み出すものという解釈です。
土地・不動産・お金などなどあると思います。
今ではインターネットがかなり普及して使ってない人はもう滅多に見かけませんが、あなたが普段インターネットで見ているページを1から作れる人は日本人のうちのわずか1%ほどです。しかもその中で実際にwebページを作ることだけを生業にしている人はもっと少ないでしょう。そう、何かと話題に上がっているプログラミングというやつです。
プログラムは電子情報なのでコピーが容易です。
また、プログラム自体が価値を持ったものであるため資産と呼べるでしょう。

プログラムが資産だとまだ納得できない人はの「社会貢献能力はいかほど?」のところを読めば多少納得できるかもしれません。

あなたにとって「時間」はどれほどの価値があるでしょうか?
本当にあなたの1時間、1ヶ月はその金額で引き換えられるのでしょうか?

私にとって「時間」はお金以上に大切なので、時間と引き換えにお金が発生するようなことはしたくないです。
これが私が必死こいて就職から逃げる理由であり、アルバイトをしなくなった理由であり、プログラミングというものに目をつけた理由です。

「自己アフィリエイト入門メール講座」実施中!

今日の記事はいかがでしたか?
あなたが感じたことや思ったことを下のフォームからお気軽にコメントしていってください(* 'ω')/

ブログ記事一覧

シェアする

フォローする

コメント

  1. ニチヤ より:

    苦労した先に「自由」を追い求めていらっしゃるのですね!

    せどりで稼いでいたことも、プログラミングも
    その専門知識に、私も含め人々が価値を感じているのではないでしょうか?

    今後もお互い頑張っていきましょう!

    • キャピー より:

      ニチヤさん、お世話になってます!
      本来自分はぐうたらで楽をしたい人間なのですが、それのせいで苦労しているのかもしれないですね。
      自分は大学とかでも無駄にサボるから、あとから苦労する人の典型例だと思います。

      確かにネットでも、物販でも実際に稼げるという見通しが立つかどうかは過去にやったかどうかなどの経験がモノをいいます。
      まずはじめてでやったことがない人はどうするのか、と言われると他人の経験をお金で買うのが一番近道でしょうね。
      それが投資マインドなんだと思います。

      ほんとですよ!お互い支え合って頑張りましょう!(`・ω・)b